遅くなりましたが・・(^^;)
2003年10月13日育児書のタイトルは
「ガマン日々にさようなら 心を抱きしめると子育てが変わる」
著者 萩原 光 です。
書き記すのが随分遅くなりました。すみませんm(__)m
この本は優しく語りかけるような文章で、子育てしていく上でのぶつかる壁や「どうしてor何でこの子だけ○○なの!?」と思ってしまう事などに対してその時の子供の気持ちを「実は、こんな風な理由で子供は怒ってたり、泣いてたりしているんですよ」と、分かり易く教えてくれていたりします。
そしてその泣きたい気持ちを抱きしめてあげる&受け止めてあげる、だそうです。
特に“「怒り」のウラにある気持ち”というのが、ウチの子供の事を言ってくれているようで、読んでて少し子育てのイライラや不安が溶けたような気がしました。
前にも書いたけれど、子供に何か問題が生じてくると「自分の育て方が悪かったのか?」と自分を責めて自己嫌悪に陥るし、子供に対してイライラも溜まるんです。
でも子供にはニコニコ笑顔のお母さんでいたいと思うし、そうやって無理に押さえ込むと益々イライラがつのってちょっとの事でも叱りすぎて更に自己嫌悪。
ほんと悪循環なんですよね。特にウチの子の場合は怒りの表現の仕方が大き過ぎて、おまけになだめようにもこれもまた拒否感が凄く強くてこうなるともうお手上げ状態。
ホント、こんな状態になると私もすっごくイライラしてストレスが溜まりまくりです。一才前ぐらいからこんな感じでした。
それについてこんな風に書いてあります。少し長いですが子育てなんてまだまだ先だわ・・という方も良かったら読んで頂けると嬉しいです。
『楽しく子育てをしたいと思い、イライラをガマンして笑って過ごそうとしたり。どなりたくなったら、「1,2,3・・」と数えて頭を冷やし」、笑顔をつくってみせたり。
たしかに、明るくふるまおう、プラス思考でいこうとして努力を続けているうちに、ほんとうに、いつの間にかシアワセな気分がわいてきて、子育てが楽しくなってきた・・・。そういうこともあります。
けれどもこういった努力が裏目に出る場面も多いのです。グッとこらえたガマンガマンで、かえってストレスがたまってくる。一生懸命努力して明るくふるまい、一日が終わると、もうヘトヘト・・・・。
(この辺子育てに関係なくそういう事ないですか?)
そのうち、よけいにイライラがたまってきて爆発。そうなると「私はこんなに努力して、ガマンしているのに!」という利子がついてきますから、ひどい大爆発になったりするものです。そのあげく、ああ、もっと自己嫌悪!
イライラをガマンするという努力は必要ですね。でもいつもそれでは限界があります。イライラの正体は「怒り」。ガマンというのは、表面的に怒りを押さえ込もうとしているだけで心のなかにある怒り自体が解消するわけではないのです。
怒りは押さえ込もうとすると、かえって心の中で大きくなっていく性質があるので、ガマンだけでがんばろうとすると、ふとしたきっかけで大爆発してしまうのです。』
・・・まさに私がそういう状態で、思わずうなずいてしまう文章でした。かといって無理にガマンしたり怒りをまき散らすのでもなくて、いわば「怒りを溶かしていく」という方法があるんだそうです。
そして怒りの裏には、必ず悲しみや苦しみがあってウチの息子も小さいなりにそれを訴えていたんだと思います。言葉がどちらかというと遅めなのもあって気持ちを伝える事や、してほしい事が旨く言葉に出来なくてもどかしくて「怒り」となって表現されていたのではないかと思います。
何となくその事は分かってはいたのですが、ただこっちもいっぱい×2なもんだからうまく受け止めてやれなくて、何とかその場しのぎでやり過ごしていた感じでした。
それからこんな風な事も書いてあって『自分自身が小さい頃から抱え込んでいる悲しみの根っこが雪玉のシンのように長年持ちつづけていると雪面を転がすように、怒りを呼び込み、どんどん大きな「怒りの雪玉」に変わっていく』だそうです。
そうすると、もともとはどんな悲しみだったのか感じにくくなってしまうことがあるそうで、それが何かのキッカケでひっぱり出されるそうです。
おそらく、この事ではないのかなあーと思います。
どちらかというと、「自分がガマンしたら物事も人も
上手くいくのでは」というような所があって、何かあっても「いいよ。いいよ」で怒らずに済ましてしまう。ホントは傷ついて「自分ってどうでもいい存在なんやな・・」と思うこともあるのに。
そんな感じで元々自虐的な所があって、一時期カッターで自分の手首辺りを何箇所も切り付けて(傷は大した事はないけど)グダグダな事もあったし。
母親との関係にもビミョーな所があったので(決して仲が悪いとかヒドイ事された訳ではないですよ)そういう積もりに積もった所がそれをキッカケにして噴きだしているのではないのかと、そう思うようになりました。
年月だったり、自分の取り巻く環境が変わって色々感じていく事が増えていても、それを押し隠して忘れたふりをしているだけでは本当に悲しみが消えた訳ではないんだなあーと。
悲しみの一番の根っこのはまだまだボンヤリとしていて出来てはないけれど、それが分かっただけでも何だか少し心が軽くなりました。
すると偶然か、はたまた必然か分からないけどあんなに保育所に行くとひしっていた子供がピタッと、泣かなくなったのにはビックリでした。これが私にとってどれほど心が軽くなった事か。
それから親になったからだとか、そんな事は関係なくて自分自身について認めてあげる=自己肯定感を持つ。という事だそうで、否定したり責める気持ちをベースにして日々を送っていくと心が元気や張りを失ってしまいがちになってしまうそうです。
それから「今の自分を変えていこう」と懸命に努力しようとするとかえって自分の欠点ばかり目に付いて「だから、自分はダメなんだ」と自分を責める材料として受け取ってしまい、やがては「良いところなんてない」と思い込んでしまったりもするそうです。
・・・ううーん何だか耳の痛い話ですね(苦笑)。
大事なのは「開き直るのではなく、自分を認めてあげる事」
そうは言っても自分をクソミソになるくらい嫌いになる事も今だってあって、中々実行にしていくのには難しい所なんですが少しずつでもそう在りたいと思います。
・・決して回し者ではないんですが、自分自身との向き合い方についてのヒントが沢山散りばめているので、興味のある方一度手に取っては如何でしょう??
・・・・後最後に、子供が出来たからと言ってそんなに色々と大変な事をしなくてはならない生活が待っている訳ではありませんので、変に誤解しないで下さいネ(^_^)
たまたま私が子育てをキッカケにして色んな事が出て来た・・ということで。
毎回なんですが、長い語りを読んで頂いてありがとうございましたm(__)m
撮影話もUPしたかったんですが、お時間がきてしまったのでまた今度にー。では。
「ガマン日々にさようなら 心を抱きしめると子育てが変わる」
著者 萩原 光 です。
書き記すのが随分遅くなりました。すみませんm(__)m
この本は優しく語りかけるような文章で、子育てしていく上でのぶつかる壁や「どうしてor何でこの子だけ○○なの!?」と思ってしまう事などに対してその時の子供の気持ちを「実は、こんな風な理由で子供は怒ってたり、泣いてたりしているんですよ」と、分かり易く教えてくれていたりします。
そしてその泣きたい気持ちを抱きしめてあげる&受け止めてあげる、だそうです。
特に“「怒り」のウラにある気持ち”というのが、ウチの子供の事を言ってくれているようで、読んでて少し子育てのイライラや不安が溶けたような気がしました。
前にも書いたけれど、子供に何か問題が生じてくると「自分の育て方が悪かったのか?」と自分を責めて自己嫌悪に陥るし、子供に対してイライラも溜まるんです。
でも子供にはニコニコ笑顔のお母さんでいたいと思うし、そうやって無理に押さえ込むと益々イライラがつのってちょっとの事でも叱りすぎて更に自己嫌悪。
ほんと悪循環なんですよね。特にウチの子の場合は怒りの表現の仕方が大き過ぎて、おまけになだめようにもこれもまた拒否感が凄く強くてこうなるともうお手上げ状態。
ホント、こんな状態になると私もすっごくイライラしてストレスが溜まりまくりです。一才前ぐらいからこんな感じでした。
それについてこんな風に書いてあります。少し長いですが子育てなんてまだまだ先だわ・・という方も良かったら読んで頂けると嬉しいです。
『楽しく子育てをしたいと思い、イライラをガマンして笑って過ごそうとしたり。どなりたくなったら、「1,2,3・・」と数えて頭を冷やし」、笑顔をつくってみせたり。
たしかに、明るくふるまおう、プラス思考でいこうとして努力を続けているうちに、ほんとうに、いつの間にかシアワセな気分がわいてきて、子育てが楽しくなってきた・・・。そういうこともあります。
けれどもこういった努力が裏目に出る場面も多いのです。グッとこらえたガマンガマンで、かえってストレスがたまってくる。一生懸命努力して明るくふるまい、一日が終わると、もうヘトヘト・・・・。
(この辺子育てに関係なくそういう事ないですか?)
そのうち、よけいにイライラがたまってきて爆発。そうなると「私はこんなに努力して、ガマンしているのに!」という利子がついてきますから、ひどい大爆発になったりするものです。そのあげく、ああ、もっと自己嫌悪!
イライラをガマンするという努力は必要ですね。でもいつもそれでは限界があります。イライラの正体は「怒り」。ガマンというのは、表面的に怒りを押さえ込もうとしているだけで心のなかにある怒り自体が解消するわけではないのです。
怒りは押さえ込もうとすると、かえって心の中で大きくなっていく性質があるので、ガマンだけでがんばろうとすると、ふとしたきっかけで大爆発してしまうのです。』
・・・まさに私がそういう状態で、思わずうなずいてしまう文章でした。かといって無理にガマンしたり怒りをまき散らすのでもなくて、いわば「怒りを溶かしていく」という方法があるんだそうです。
そして怒りの裏には、必ず悲しみや苦しみがあってウチの息子も小さいなりにそれを訴えていたんだと思います。言葉がどちらかというと遅めなのもあって気持ちを伝える事や、してほしい事が旨く言葉に出来なくてもどかしくて「怒り」となって表現されていたのではないかと思います。
何となくその事は分かってはいたのですが、ただこっちもいっぱい×2なもんだからうまく受け止めてやれなくて、何とかその場しのぎでやり過ごしていた感じでした。
それからこんな風な事も書いてあって『自分自身が小さい頃から抱え込んでいる悲しみの根っこが雪玉のシンのように長年持ちつづけていると雪面を転がすように、怒りを呼び込み、どんどん大きな「怒りの雪玉」に変わっていく』だそうです。
そうすると、もともとはどんな悲しみだったのか感じにくくなってしまうことがあるそうで、それが何かのキッカケでひっぱり出されるそうです。
おそらく、この事ではないのかなあーと思います。
どちらかというと、「自分がガマンしたら物事も人も
上手くいくのでは」というような所があって、何かあっても「いいよ。いいよ」で怒らずに済ましてしまう。ホントは傷ついて「自分ってどうでもいい存在なんやな・・」と思うこともあるのに。
そんな感じで元々自虐的な所があって、一時期カッターで自分の手首辺りを何箇所も切り付けて(傷は大した事はないけど)グダグダな事もあったし。
母親との関係にもビミョーな所があったので(決して仲が悪いとかヒドイ事された訳ではないですよ)そういう積もりに積もった所がそれをキッカケにして噴きだしているのではないのかと、そう思うようになりました。
年月だったり、自分の取り巻く環境が変わって色々感じていく事が増えていても、それを押し隠して忘れたふりをしているだけでは本当に悲しみが消えた訳ではないんだなあーと。
悲しみの一番の根っこのはまだまだボンヤリとしていて出来てはないけれど、それが分かっただけでも何だか少し心が軽くなりました。
すると偶然か、はたまた必然か分からないけどあんなに保育所に行くとひしっていた子供がピタッと、泣かなくなったのにはビックリでした。これが私にとってどれほど心が軽くなった事か。
それから親になったからだとか、そんな事は関係なくて自分自身について認めてあげる=自己肯定感を持つ。という事だそうで、否定したり責める気持ちをベースにして日々を送っていくと心が元気や張りを失ってしまいがちになってしまうそうです。
それから「今の自分を変えていこう」と懸命に努力しようとするとかえって自分の欠点ばかり目に付いて「だから、自分はダメなんだ」と自分を責める材料として受け取ってしまい、やがては「良いところなんてない」と思い込んでしまったりもするそうです。
・・・ううーん何だか耳の痛い話ですね(苦笑)。
大事なのは「開き直るのではなく、自分を認めてあげる事」
そうは言っても自分をクソミソになるくらい嫌いになる事も今だってあって、中々実行にしていくのには難しい所なんですが少しずつでもそう在りたいと思います。
・・決して回し者ではないんですが、自分自身との向き合い方についてのヒントが沢山散りばめているので、興味のある方一度手に取っては如何でしょう??
・・・・後最後に、子供が出来たからと言ってそんなに色々と大変な事をしなくてはならない生活が待っている訳ではありませんので、変に誤解しないで下さいネ(^_^)
たまたま私が子育てをキッカケにして色んな事が出て来た・・ということで。
毎回なんですが、長い語りを読んで頂いてありがとうございましたm(__)m
撮影話もUPしたかったんですが、お時間がきてしまったのでまた今度にー。では。
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